エンタープライズという言葉に意味はあるのか?

エンタープライズ」という言葉

IT業界では、一応、「エンタープライズ」という言い方があります。残念ながら明確な定義がありません。自分は「一般企業の業務系システムのIT」に対応する言い方だと思っています。大抵はこの意味で通じます。が、これでは漠然としすぎていて定義としては役に立ちません。現実の用例としては、対比的に用いられることが多く、ありがちの用法としては、特にWeb系と対比して、よりしっかりやっているとか、より硬派な仕組みを作っているとか、よりまともな産業に属しているとか、そんなニュアンスで使われます。まぁ、特に品質あたりではよく言われる言葉ですね。「それエンタープライズじゃ通用しない。」マスコミや特に雑誌でよく使われる言葉でもあります。明確な定義があることはほぼありません。

さらに、よく聞く言い方で「エンタープライズでも使われてます」という言い方があります。特にWeb系での利用がメインだった製品やサービスが、より「ミッションクリティカル」な仕組みでも使われてます、と強調したいときに使う決まり文句でもあります。大抵の場合は、ある製品やサービスが一般企業の業務系システムの市場に参入するときのセールストークで使われます。まぁ現実には「エンタープライズでも使われてます」という言い方は、「まだエンタープライズでは使われていない」ということと同義であることが多いのですが。

エンタープライズ」という言葉に良く似た用法で思い出すが、以前某ファイナンス外資で働いていた時に言われた言葉で「俺はニューヨークから来た」という台詞です。これは面白くて、ニューヨークからニューヨーク外に来た人間が大抵使う台詞のひとつです。もともとニューヨーク出身じゃない人間が、ニューヨークに一回転身して、こちらに戻ってきても、同じ事を言う訳です。「俺はニューヨークから来た。」だからどうした?って感じなんですが、なんやら、ニューヨークから来ただけエライ、ということが言いたいらしい。なにを言ってるんだお前わ、って周りはそう見る訳ですが、本人はとにかく言わないと気がすまない。まぁ、「エンタープライズ」にも残念ながらそのような匂いがするわけです。

ええっとですね。「エンタープライズ」って言い方は、実はITベンダーだけなんですよ。ユーザーでは「自分、エンタープライズなんで」とか絶対言いません(もちろん、例外はいくらでもありますが)。なぜかというとずっとエンタープライズで、これからもエンタープライズだからですね。要するに言う意味がない。口に出すだけの価値がないわけです。ずっとそこにいる人にとっては、その場所を強調することは、普通に違和感があるわけです。ニューヨークでずっと仕事をしている人が、「俺はニューヨークから来た」なんて言わないと同じです。要するによくわからんアイデンティティに使われる言葉に似てます。

さらに、ぶっちゃけて言うと、「エンタープライズ」という言葉は一種のカウンターカルチャーに対する自己防衛的な言葉になっていることも多い。

エンタープライズ」という言葉の裏側

この「エンタープライズ」という言葉の裏側には、現実には、エンプラ系IT屋とWeb系IT屋の不毛なすれ違いを見てとることができます。

片や「俺たちはいつも技術のトップを行っている。OSS最高。SI屋のような理不尽な組織にへつらうことなく、自由にやっているぜ的な」自画自賛モードがありつつも、品質あたりは適当で「テスト?いやユーザーがやってくれんじゃん。とりあえず公開しちゃえサービス」の現実や、「そもそもそのOSSがまともになっているのは、いろんな“エンプラ企業”が金だしているから(ry」な現実には、あえて目をつぶる傾向があります。んで、最後には、「エンタープライズでも使われてます」とか言う。うむぅう・・・

片や「品質優先、最後は信頼性でしょ。確実に使われるものこそ、真に残るわけです。ITは遊びじゃないすよ」といいつつも、先端的な技術は常にWeb系からおこっているという現実や、個々人の能力でみると、間違いなくWeb系の方が技術力が高いという現実、品質優先といいつつも最後はデスマの力技の押し込みが当たり前という現実には目をつぶっているわけです。そんなにエンプラすげーのか、そんなにエンプラは品質重視なのか、と問われれば、やらないよりはましというのが現実で、本当に品質に相当のコストを最初から振っているプロジェクトの方が圧倒的に少数派というのは、言われなくてもわかっているのが普通です。最後の言い訳では、「少なくとも俺個人は品質を重視してる」というプライドだけです。うむぅう・・・

ま、要するにどっちもどっちなんですが、そーゆー狭間にいる言葉が「エンタープライズ」という「言い方」になっています。一昔前のスーツとギークという手垢にまみれすぎた言葉がありますが、この言葉の現代の亡霊を「エンタープライズ」言葉の響きの中にみてとれます。

似非マーケティングワードとしての「エンタープライズ

その一方で、現状では「エンタープライズ」という言葉は、IT系のいわゆるバズワードのベースになっています。その意味ではマーケティングの言葉として、中身がスカスカのまま、利用するのは確かに「有り」ではあります。”ビッグデータ”とか”リアルタイム”とか”データ・サイエンテイスト“とかと同列ですね。中身のないキャッチーなゆるふわ言葉ほど使い勝手のよいものはないですからね。もうまったく無意味。

そんなわけで、この「エンタープライズ」って言葉はあんまり意味ないよね〜って平生から思っているわけです。まぁ商売上のセールストークとして、エンタープライズという言い方は自分でもしますが、ぶっちゃけ自分で言っててその都度違和感は感じます。「エンタープライズ。」・・自分、ユーザー身分だったときに、「ITの人」から、「エンタープライズ」なんてはじめて言葉を聞いたときには、一瞬、某米国のSF番組の宇宙戦艦イメージしましたから。おぉシールド張って、フェイザーでも飛ばすんかい。

自己のアイデンティティを示すのに、内輪ネタでかつ、割といい加減な言葉を使いだしたときは、かなり自己崩壊が進んでおるなという感覚はあるわけです。まぁエンタープライズ業界な自分らは、いろいろ自覚した方がいいわね、と思う訳です。

とはいえ

まぁ仮に無理矢理、エンタープライズという言葉に肯定的な意味づけをするのであれば、「ミッション・クリティカル」なシステムにも耐えうる品質という意味でしょう。実際には「エンタープライズな」という形容詞を使ったときに、それほどの品質に足るシステムなりサービスなのか、というとなかなか疑問ではありますが・・なので、恥ずかしくも、自ら「エンタープライズ」と自称するのであれば、それ相応の品質基準で自らを律するぐらいの心構えは欲しいですね。でなければ、「エンタープライズ」は単なる中身のないマーケティングワードか、自分のプライドを飾り立てる虚勢の言葉にしかなりません。この辺は自戒も込めて思います。

以下余談ですが・・
んじゃーエンタープライズってのをまともな英語で言ったらどーなのよ?ってのはあると思いますが、自分がいいなと思った言葉はindustrial-strengthです。日本語にするとまったく通じませんが。こっちの方がニュアンスは伝わります。普通に「industrial」っていう言い方もいいと思います。とはいえ、「俺たち、インダルトリアル」なんて言うと、コナンに出てくるアレっぽい感じで、・・・ま、それはそれで合っているというか、なんというか。・・結局、俺たちエンタープライズ、なんでしょうかね。とほほ〜。

ま、閑話休題