ITは必要悪か?その1

もともとは2016年の年の初めに書こうかと思っていたことですが、時間も経ってしまっていたところ、アリエルの井上さんとの対談  IT屋はバズワードを使ってはいけない……のか? (1/5):EnterpriseZine(エンタープライズジン) も あって、ちょうどいいので記録的に思うところを書いておきます。

・前提
ここではITと言う漠然とした言い方になっていますが、日本で最もマーケットの大きい、いわゆる業務システムを対象にしています。いわゆるSIの対象になるところです。と言っても一概に言えないので、売上2000億円程度の大規模企業の、下の方から、中小企業までの話にしています。売上が兆円単位の規模の社会インフラ系のシステムは、その2 ITは必要悪か?その2 - 急がば回れ、選ぶなら近道 で考えます。業務システムなのでコンシューマーものは考えてません。

・ITは必要悪という認識
基本的にユーザ企業においては、ITはコストがかかるが必要であり、できればない方がよい、という考え方が主流です。要するにITは必要悪と見なされることが多い。自分が小売流通にいた時には、営業系役員から「この「50円のもやし」と必死で売っている一方で、お前らは5000万、5億という投資を簡単にする。どうなのか?」というのは、よく言われました。それはそうだと思います。業種は異なっても、同じ事を営業系・商品/製造系の役員から言われるCIO的なまたは現場の情報システム部の人間は大勢いるでしょう。

「ITに投資しても売上は上がらないし、それならIT以外の営業資産に資金はつぎ込んだ方がいい」というのが、日本のそこそこの大企業から中小企業以下の経営陣のほぼ共通認識でしょう。間違ってはいないですね。一部のWeb系ならともかく、普通の企業がITに投資したからといって、それが直接売上げにつながるということはきわめてレアケースでしょう。

もっとも、IT以外に投資すれば売上が上がるかと言えば、現状の日本市場は、人口の高齢化もあり、消費自体が伸びていないので、ITでなかろうと、なんであろうと、素直に売上があがるということはありません。が、高齢層の企業の経営陣としては経験的な先入観がどうしても強く、ITは金食い虫で、しかも売上げ貢献が低い、というのは本音ベースでの共通認識でしょう。勿論、ITなしではいろいろ業務は回らない、ということぐらいはわかっています。

・ITの企業における位置づけ
日本のITは、というか、日本の企業はベースとしてITをその中に入れる事を拒んでいる、というか失敗しています。表向きの話はともかく、実態としてITをビジネスの中心においている企業はほぼありません(勿論、Web系の例外はありますが、企業数としては圧倒的に少数です。・・あとは、前述のように、大規模な社会インフラ系企業はのぞきます)。

営業資産はともかく、企業の主たる構成要素の「人間」を見れば、割と簡単にITの取扱がわかります。一般の企業で、ITをそのキャリアの中心(下手すればITのキャリア“だけ”で)にすえて、トップマネージメントになった人間は非常に少ないでしょう。経営層は勿論、現場でもITスタッフのためのキャリア・パスはユーザ企業ではあまり準備されていません。基本的にITはバックエンドの延長線でしかなく、経理・人事・財務とほぼ同じセグメントにあります。よって、その流れのなかでしかキャリア・デザインは提供されません。

現状のITの人材にたいする、ユーザ企業の扱いは、「基本的にアウトソースで調達する」です。主にSI屋・コンサルからの事実上「人材派遣」がベースで、ITリソースを調達しています。よほどの例外を除き、この種の派遣ベースの人間がその企業のコア人材になることはありません。勿論、情報システム部は社内の人材で構成されている、ということが多いとは思いますが、言ってみれば「アウトソースのコントローラ」であり、トータルのデザイン力・細かい設計力・実装力・運用力・障害対応能力・最新のITに対する知見について、専門家ではありません。そもそもITのプロになるために、そのユーザ企業に入社したわけではないので、当然そうなります。

「いまや、ITは社会の隅々まで行き届いて、云々」という話は、毎日のように聞きますが、普通の企業活動で必須か?無いと倒産するか?と言われれば、そうでもないので、まぁそういう取り扱いですよね、って話です。

余談ですが、このあたりが、特に米国のITとのあり方の違いになっている、というかこの20年で大きく開いたところだとは思います。Google, Amazon, Facebookの初期の頃や、AirBnB, Uberあたりもそうですが、彼らはベースがITであり、ビジネスと深く結びついているし、そもそも「必要悪」という発想はありません。Amazonと同じ業種の日本の小売業を比べて見れば、自明でしょう。米国では、ITはむしろないと死ぬぐらいに考えているし、というか過剰すぎるぐらいの企業もあるように見えます。

・で、だから何?って話
その上で、ここ最近のITのバズワードを見てみましょうって話です。ビックデータ・IoT・人工知能で、もう次はFintechですね。これらはそもそも単純な要素技術ではなく、ある種の考え方をベースにおいたITの利用方法でしかないです。ITを血や肉にして、体内の企業の遺伝子としてもっている企業が使う技術とも言えます。ITを必要悪としてしか見なせない日本企業では通り一遍のメリットすら得ることすら難しいでしょう。なにしろ、人材も組織も企業としての考え方も含めて、使いこなすベースがありません。

では現状ではどうしたらよいか?という話でして。そもそもベースがないので、ITのバズワードに乗ったところで大半の日本企業にはメリットはありません、という話なんですが、それでは身もふたもないので。そもそも論から少し考えてみましょうというのが本論。

・そもそも日本企業でITをどう考えるのか?
まず、既存企業でもう少しITを軸におけないか?という話があると思いますが、これはまず無理でしょう。企業は人で構成されています。資本や設備ではありません。従って、人の考え方が変わらない限り、企業は変わらないし、変われません。大抵の企業で働く人間、特に経営層は、ITは基本的にいらないわというよりも無くてもいいわ、と思っているので、ベースのカルチャーは「IT必要悪文化」になっています。具合が悪い事に、企業文化は一種のホメオスタシスとして機能するので、人が一人二人「いやITはコアビジネスに必須だろう」と変わったところで、「是正」が勝手に働きます。

なので、ITをコアにできない、というのはユーザ企業の今までですし、今後も企業の構成人員が変わらない限り、変わりません。つまり、現状の組織構成要素では、ITが血肉になることはまずありません。別にこれはこれでいいと思いますよ。なんども言いますがITに投資しても現状の日本では売上は上がりません。投資効率としてはあまり良くなくて、そんな金があったら、従業員の賞与に回すわ、というのは経営判断としては、多分正しい。

それでもなんとかしたい、ということであれば、以下の二つの考え方があると思います。

・必要悪のITとどう取り組むか?

1)徹底してツールとして見なす。

バズワードが完全に無視する。ITのトレンドは一切無視して、「自分に必要な武装」は何かを自社のなかでちゃんと考える。コンサルとか、ベンダーの提案とか全部無視して、ちゃんと徹底的に考える。惰性ではなく、本当にITは必要なのか?というレベルから見直す。そもそもITが自社のDNAでもなんでもなく、必要悪であれば、徹底的に無くせるところでまで考えて、考えて、必要な部分のみを精錬して利用する。いらないならスパッと捨てる。

カッコつけて「ITは我が社の背骨である」とか言わない。そうなると、他社は?とかトレンドは?とか気にし始める。もともとコアでないものに、なぜ気をつかう必要がある?

削りに削って、どうしても残ったものがあったとする。そこで、それはそもそもなぜ残ったのか?を考える。そこまで残ったにも関わらず「自社の遺伝子」でないとすれば、それはなんなのか?を考える。そこがスタート地点になる。

こういう考え方をしてみるのも手でしょう。

そうなると例えば、「ITは業務の効率化」の手段という発想も逆になります。極端に言えば、「ITで業務を効率化することが、会社の目的です」というぐらいになる。この段階で本当にただのツールか?という話になります。そこから「必要悪」ではなく、「必要なIT」を絞っていくということができると思います。

2)DNAを作る。

ITがないと死ぬ、ぐらいのビジネスモデルを「逆に考えて」会社・企業をつくる。完全独立の子会社?(若干、語義矛盾っぽい)位で、人事交流もないぐらいで作る。そもそもITはツールです。ツールを目的にすることは本末転倒ですが、その本末転倒を敢えてやる。

経営的には、多少IT的に芽が出そうだっていう時点で、案件ごと、自社から完全に切り離して、投資金額とランニングのキャッシュをフリーハンドで渡して、かつ人事的に経営的に完全に分離させることが最低限必要でしょう。バックエンドは面倒なのでシェアードで提供することはありだと思いますが。

これでも成功率は5%以下だと思いますので、こういった試みを20回程度はやらないと駄目でしょう。それだけやれば、ひとつふたつはものになると思います。実はこれはITに限らず、既存企業が新しい市場に対応するために、よくやってきた手です。後付けで「多角化」とか言ってましたが、実際は、市場拡大のための片道切符を渡して、従業員・役員ともども一か八かという賭け。大半は沈没船ですが、気がつけば子会社の方が全然大きくなった、と言う企業もあったりします。生き延びて成長している企業ではありがちな話です。

かなりハードルが高いのですが、そうそう荒唐無稽な話でもない。これだけやればさすがに無理矢理IT軸のDNAを作っていくことはできると思います。

ただしこれは既存組織と完全に切り離すことが必要です。たとえば小売流通だと、これだけAmazonに文字通り「こてんぱん」にやられて、オムニチャネルだと大騒ぎしているにもかかわらず、ITを軸にしたECは全然パッとしません。別に無視しているわけではなく、そこそこ金と人は突っ込んでいるですよね。ところが、順調にいくどころか、大炎上案件や売上としては苦戦するばかりです。なぜか?基本的に人の問題と企業の遺伝子の問題で、「日本の小売流通業」ではITは本質的に必要という認識はないからです。発想が既存の考え方に無意識のうちに制限されてしまいます。・・・そもそも店舗連携とか中途半端なこと言ってる段階で終わってるわけですよ。最後では店舗で巻き取ればいいやというオチになるので、そうなると店舗運営側は「余計なものもってきやがって」となりますわね。既存ビジネスとの分離ができてません。新しい「組織の遺伝子」がやはりできない。これは小売流通の例ですが、同じようなことは他の業界でも枚挙暇がないでしょう。

トップからエンドまでの人間が、少しでも「ITなくてもウチの会社つぶれないし、回そうと思えば回るからね〜」という考えが頭をかすめた段階でもう無理です。AirBnBとかUberとかあたりでは「ITなくてもウチの会社つぶれないし、回そうと思えば回るからね〜」なんて考えはトップからエンドまで1ミリも出てこないことは簡単に想像できると思います。要するにそういうことです。

・結局
上記二案はそれなりに、覚悟のいる話ではあります。

ITに死ぬ気でコミットできないなら、バズワードに踊らずに、「道具としての練度」をあげて、ちゃんと「必要なところだけ使え」って話です。んで、使い方がわからんなら、金かけず、スパっと捨てろってのは、別に普通だと思いますよ。・・・ただし、社会インフラ系はそうは行かないので、これは別掲。

あとは、ITは必要悪だろうというのは、重々承知の上で・・・現状の日本では「どこに賭けても負けゲーム」です。であれば、ITに張っておいても、文句は言われないでしょう、どうせ分が悪いから。・・・ということ、DNAというか企業文化の再構築を試みるのは手だと思います。中途半端に張ってもそもそも失敗するのは明らかなので、本腰いれてやったほうがよい。

実際問題として、それなりの風は吹いていて、今後のITは残念ながら(?)アプリケーションを握っていることが強点(Strong Point)になります。内製・インハウス主体で、がっちりやり込むということのメリットが従来よりも大きくなります。

これは技術的な理由です。

現状ではやはりムーアの法則の限界は物理的にあきらかで、コンピューターリソースの向上は、メニーコア・多ノード化に進み、同時にあらゆるバスの高速化が進みます。これは要するに分散処理技術に「しか」アーキテクチャ的には未来がない、ということです。そして残念ながら分散処理技術は、非常に難度が高く、まだ人類には若干早い。ただし、これは汎用ミドルという点から見た場合で、実は特定のユースケースに限定して、利用する技術を制限的に利用すれば、素晴らしいパフォーマンスをたたき出します。・・これはつまりアプリケーションをちゃんと知っているということが必要ですよ、ということです。あととは簡単に環境の構築・維持ができるクラウドも追い風になります。

ここは実はSI屋では無理があって、ただでさえ技術的に追いついていないところに、パフォーマンスを叩き出せるようにアプリからやり直せってのは、ものすごくオーバーコストになります。だからできないし、やらない。

ユーザが主体で、しっかりアプリケーションを作り込むということが、非常に大事になります。また、ちゃんと徹頭徹尾やりこめばパフォーマンスを出すことができるようになります。(もっとも、踏み込みすぎて自分でミドルの役回りまで作り出すと、ものすごく簡単に破たんします)

こんな感じで軸をつくって、会社として回るようになれば、そこそこにはいくはずです。難易度が高いので、あまりおすすめはしませんが。

追記)そーいえば組み込み・FAはどーなんだ、みたいな話もあるわね、というところですが、そもそもユーザはそれITって意識してるのか?とか、最近だとIoTとごっちゃになって、その意味では必要悪というか、むしろ不要という話もあるみたいで、はて〜という感じです。すんません。