クラウド上にEDIを「移行する」ということの意味

ニュースリリースというか記事はこちら。日経の中田さんの記事ですね。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20130306/461423/

この辺の解説を記録のために書いておきます。個人的にはちょっとしたマイルストーンなので。

 まずEDIの定義ですが、これはElectronic Data Interchangeの略で、B2Bでの電子データ交換の仕組み自体をさします。歴史的にはITの歴史と同じくらい古い。当然インターネットよりも古い。昔は(場所によっては今も)電話で”ぴー”とか”がー”とかやっていた代物です。多分50年以上の来歴を誇る仕組みですね。業界ごとにその業界に応じたプロトコルが制定されており、いわゆる標準化がもっとも進んだ分野のひとつです。そして、大抵はミッションクリティカルな業務に属します。エンタープライズ系のITでは最下層に位置するレイヤーのひとつで、ま、聞いた事はあるが中身を知っているひとは皆無に近い。そんなところです。金融決済系のSWIFTなんてのは有名ですね。

 EDIは、普通は事故で止まると営業に即刻影響が出ます。受発注や物流システム、在庫管理や決済につながっているので、データが来ないと大事になります。勿論、いろいろ業務的なバッファーが豊富にあってリードタイムに余裕があるところでは問題にならないのですが、そういうところは例外です。現在、多くの企業ではEDI化が進んでいて、その上でSCMの効率化追求も行っているので、EDIが止まると、物は動かないわ、決済はできないわ、という事になり、すぐにトラブルになります。社会インフラの構成要素の一つと思ってもらってかまいません。つまり、止めると IT屋は土下座になります。

要するに仕組みとしては「とても古い」その上「ないと割と困る」そういう仕組みです。

内容としては、これをクラウドに上げました、ということなのですが、割といろいろ示唆される部分があったので記録として残しておきます。

[元々の起こり]SUNという会社がなくなりまして(笑)。お客さんのEDIはSUNのサーバーで動いていたわけで、サポート切れの上に、ディスクがもう在庫がありません状態になりました。ここがスタート地点です。
ここでお客さんはEDIの仕組みは維持どころか、ただ今拡大中というステータスで、かなり困った状態に追い込まれました。システム的には、間違ってダウンすると営業に影響がでる寸前まで行っている状態です。

この場合取るべき選択肢としては普通は以下二種類になります。

1.再構築
ハードを一新。まぁミドルも変わるので、一応機能を一部追加した上で再投資でSIする方法。言ってみれば従来の方法。

2.SaaSを使う
出来合いの仕組みを従量課金で使える仕組みは割と出ているので、そのサービスを利用する。

対象が枯れたEDIなので実は機能の追加はあまり必要ありません。とはいえ、ちょこちょこと手直しや接続先の増減は発生します。身軽に考えるのであれば、EDIのSaaSを利用するという手もあるのですが、これは一般のSaaSと同様のトリックがあって、実はスケールしてもコストが低減しません。

 SaaSはスタートアップにはいいのですが、ある規模を越えるとコストが合わなくなります。正確にいうとユーザーがスケールメリットを享受できなくなります。これは言ってみれば論理的に当然の帰結で、スケールメリットを享受するのがSaaSベンダーの利益の源泉なので、ユーザーがそのメリットを受けるようでは、ベンダーにはSaaSを提供するうまみがなくなってしまいます。(SFDCが規模が増えると割高になる、というのも理屈は一緒です。)これはちょっと辛い。
 実際、いろんな領域でSaaSを見送って自社でSIという選択の根拠の一つはこのような理由が非常に多いですね。

[結局どうしたのか]というわけで、要するに
1) 既にソフトウェアは資産として(簿価はともかく)保持している
2) ハードが老朽化して、供給も不安
3) 投資しているので、スケールメリットはちゃんと取りたい
4) ミッション・クリティカル
そのような状況をどうにかしろという要請でした。

んで結論は、なんとAWSに上げた。
というシナリオです。なにしろミッション・クリティカルなんで、相当ハードルが、特に精神的ハードルが高いです。これ実際の背景としては、既にAWSで基幹バッチ処理を一年超やっているという実績がかなり効いています。とはいえ、そこまでやるかという感覚がEDI屋の普通の神経です。Amazonにも確認はしていますが、予想通りEDIをAWSというのは実は日本では初めてです。(世界では他に例はあるようです)

これは完全にユーザーさん主導です。リスクを検討・評価(実態はほぼ一年間AWSを評価していたわけで)し、ヘッジをかけた上でベネフィットを取りに行ったという形です。

やってる自分が言うのも変ですが、正直言って、こういう時代になったかと、そう思います。
EDI 屋の本分としては、今でもEDIをVPCとはいえクラウドでやるというのは、ちょっとイメージを越えているところはあります。SaaSをエセ・クラウドでやりますよというのはいくらでも聞くのですが、それは実情は単なるアウトソーシングに過ぎません。というかそれは普通のVANサービスですよ。今回は確実にレベルが違います。

[手伝っていて感じたポイント]
1. ソフトウェアとハードウェアの寿命の乖離が激しくなっている。 業務系のシステムは特にソフトウェアの部分は、やはり寿命が長いです。最近はさらに長くなっているような気がします。その一方でハードウェアの、実質的な寿命はどんどん短くなっています。体感的には3年ぐらいでしょう。CPUのメニーコア化はともかく、Diskの高速化やN/Wの高速化も進んでいます。多分、今後はメモリーの大容量化や不揮発性化も進むでしょう。もう別物です。
 ベンダーも複数のサポートラインを持つのは維持コストが高いので、サポートをなるべく切ってくるでしょう。そもそもベンダーにしてみれば、現在のクラウド化の推進下では、オンプレミス用のサーバーですら、アプライアンスを除けば利幅が薄いのが実情です。今後、供給もしなくなるかもしれません。

 その意味ではミッション・クリティカルなオンプレミスのシステムはかなりの勢いで対応を迫られる可能性もあります。なにしろシステムのソフトウェア自体はまだまだ現役なのにハードが供給されない。いままでは予備機を買ったり、中古を探したりで凌いで来ましたが、それも早晩限界でしょう。自力でハードを調達できる力がある大手ユーザーはともかく、中堅ユーザーには厳しい時代です。クラウド化というのは、選択肢の一つというよりも、必然的な流れになる可能性すらあります。

2. ガバナンスを保持すべきはどこか?という問題 このような背景も見ると、やはりユーザーさんはハードウェアには投資すべきではないです。エンタープライズでのクラウドの現実化は、とるべきガバナンスの位置を確実に変えています。現在の低成長時代では、ある程度ポータビリィティの高い資産、すなわちソフトウェアに投資していくしかないでしょう。ソフトウェアの投資可搬性の確保が非常に重要だと思います。
 とはいえ、世の中のオープン系の建前とは別に、実態としての業務システムはハードとソフトは不可分であることが多いです。理屈はともかく分離は手間です。ソフトウェアはハードウェアがあってはじめて走りますから、ある程度のハードウェアの想定は必ず敷いています。そういう状況でシステムへの投資可搬性の向上はやはり一定のコストをかけて行く必要があるでしょう。
 さらにいうと、将来のクラウドの勝者が特定のクラウドベンダーだとは限らないわけで。その場合は、クラウドからクラウドに資産をポートする必要も出てくるでしょう。

3. 最後はユーザーが”ベンダー的役割”を自分でまかなってしまう 実はこのケースは、実態としては「お客様の、自力で作った自社専用VANが仮想的に立ち上がっている」という状態です。勿論、我々のサポートがあって出来ているという部分は確かにありますが、接続やらアレンジメント、一定の設定までユーザーさんが相当の作業をしています。これはある意味できて当然のことではあります。ユーザーさんのシステムなので、内容がわかっているということが大きい。(さすがにAWSを裸でユーザーが直接ってのは、ハードルが高いのでこちらでいろいろ準備はしていますが)

 極論すると、この手のものはSIがもうイラない状態になりつつあります。特に出来ている資産を維持運営する、という局面においてはそうですね。表面上はEDIをAWSに乗っけただけですが、その裏側の実質として、「システムの投資可搬性を上げるということ」の結果としての、「SI屋の不在」という現実があります。
 いや、簡単な仕組みなら別に大きな問題ではありません。今時、ユーザー主導でSI屋抜きでの環境再構築や大幅な移行という話は、いくらでもある話でしょう。しかしこれはEDIです。「ミッションクリティカルなシステムを、ユーザーさん主導でプロダクトベンダーのサポート下でSI屋さん抜きでクラウド化しました。」そういう仕組みです。

[まとめ的な] 新規の大規模システム開発はリスクや投資対効果をみれば、日本全体ではやはり減ってくるでしょう。湯水のようにお金が使えるならともかく、社会的コストの増大と長期的な収益の頭打ちを考えれば当然です。本来はSI的には、多少の赤字は新規開発でかぶっても、継続運用開発で黒字を稼ぐというスタイルもあったわけですが、それすら徐々に厳しい環境になりそうな気配です。ハード老朽化はいい契機ではあったんですがね・・・

ぱっと見はあまり派手は話ではないのですが、自分的にはクラウドでここまできたかという印象を持つ、そんな「事件」ではありました。なので、ちょっと記録としておいておきます。

・・・ しかし、EDIがAWSでとか、ありえないですよ。当のEDI屋本人が言ってんだから間違いないです。しかも4ヶ月で100社接続まで行った上に、24x365で動いてるし。どーすんだよSI屋さん、とは思います。